イベルメクチンは新型コロナ患者に効くのか?
はじめに
医学・医療は日々変わっていくため(基本的には「進歩」です)、以前の常識が通用しないというケースは珍しくありません。そのために医療知識をアップデートしていく必要がありますが、その一助として主要なジャーナル(国際的な医学論文)のニュースレターを定期購読しています。
先日、JAMA(米国医学会雑誌;The Journal of the American Medical Association)のニュースレターで「新型コロナ軽症患者が軽快するまでの時間に対するイベルメクチンの効果」という論文が ”TRENDING NOW ON JAMA(JAMAでの注目記事)” に取り上げられていました。この論文自体は、今年の3月に掲載されたものなので半年前の論文になります。この論文の結論から言えば、軽症の新型コロナ患者(初期治療と言い換えても良いです)に対するイベルメクチンの使用は非推奨です。イベルメクチンに関しては、(ソーシャル)メディア等で効くのではないか、効くのになぜ使えないんだとか言われたり、東京都医師会の医師会長が使用を提言するなどありましたが、個人的には、現時点で使用を推奨する十分なエビデンスはないというスタンスです。
本論文の概要
当該論文は、世界で最も広く読まれている査読付きの医学雑誌であるJAMAに掲載ということで、それだけでもインパクトはあります。研究デザインも単施設とはいえ、エビデンスレベルが高いRCT(二重盲検ランダム化比較試験)ですし、サンプルサイズも両群200例ずつであり、臨床的に意義のある有意差を出すのに小さい例数とは思いません。患者背景をみると、両群での平均年齢が37歳[範囲:29歳~49歳]と50歳以下であること(重症化リスクの高い高齢者ではない)、また、組入れ期間が2020年7月15日から2020年11月30日なので、デルタ株が台頭してくる前の解析データであることには留意する必要があります。
当該試験の主要評価項目は2つあり、「21日間の観察期間における症状軽快までに要した日数」及び「患者報告による有害事象及び重篤な有害事象の発現割合」で要は有効性と安全性ですね。結果は、有効性に関しては、イベルメクチン群とプラセボ群とで見事に重なっており、統計学的に有意差はありませんでした(ハザード比1.07、P=.53)(下図)。もしイベルメクチン群で症状寛解が早ければ、下図の山吹色のラインが(早期に)上方に移動して差が開くのですが、その傾向もまぁないと言って良いでしょう。
安全性プロファイルに関しては、論文をみると両群にほぼ差はなく同様のものですね。ただ、治験薬の投与中止に至った有害事象については、イベルメクチン群で15例(7.5%)、プラセボ群で5例(2.5%)とちょっと差があるようにはみえます(多重検定なども考慮すると統計学的には有意差はないでしょうけど)。
本論文に対する反論
しかしながら、この論文に関しては、当該試験には重大な欠陥があるという米国の医師らによる反論があり、公開書簡という形でネット上で閲覧することが出来ます。その主な論点としては、
- 解析対象集団が重篤化リスクのない非高齢者や非肥満患者(BMI 26前後)に限定されていること
- 主要評価項目が(不適切に)途中で変更されているし、試験デザインや運用などで問題ありではないか?(一般論として、臨床試験の主要評価項目を試験の途中で変えることは、まぁ禁じ手のひとつでそれだけで研究の質が低下する、何か当初のエンドポイントだと不都合な事情があるのではないかと勘ぐられる傾向にあります.)
- 著者らは、イベルメクチンを「不適切に」空腹時に投与しているが、これだと主要ターゲットである肺の組織への移行率が2.5分の1に減弱してしまう
等です。
1点目に関しては、まぁこの反論は理解できます。重症化のリスク因子のひとつとして、「65歳以上の高齢者」と「BMIが30以上の肥満」というのはよく知られており、本試験では、それらに該当する患者は結果的には組入れられていません(BMIも29.0が上限)。逆に言えば、中央値が37歳という若年者(働き盛りの世代ですね)で非肥満の患者群だとイベルメクチンの効果は期待出来ない、という風にも解釈も出来ます。
2点目に関しては、途中で臨床試験のデザインを変えること、それもよりによって主要評価項目だと、まぁ「格好悪い」ですね。真っ当な理由があれば別ですが。筆者らの言い訳によると「当初想定していた症状増悪の発現率は18%であったが、中間解析でずっと低いことが判明した(結果的には3%前後)。この低い発現率を評価するために必要な例数を集めるのは不可能に近く、プロトコルの改訂を行い評価委員会の了承を得た」ということのようです。高齢という年齢が重要なリスク因子と知られている中で、37歳前後の患者層であったことは、まぁ詰めが甘いと指摘されても致し方ないかなとは思います。少なくとも、そういう患者層では効果はなさそうだということは分かりましたが。
3点目に関しては、まぁどうでしょうね。イベルメクチンは、日本では「ストロメクトール錠3mg」として医薬品の承認を受けており、適応は、腸管糞線虫症と疥癬です。用法用量は、体重1kg当たり約200μgの経口投与となっており、添付文書上は、使用上の注意として「本剤は脂溶性物質であり、高脂肪食により血中薬物濃度が上昇するおそれがある。したがって、本剤は空腹時に投与することが望ましい。」と記載されているので、規定通りには、空腹時の投与です。ただこの記載のように、血中濃度を上げたければ、食後投与の方が有利なのかもしれません。本試験では、体重1kg当たり300μgを5日間の経口投与となっており、承認された用法・用量より、十分に高用量ですし、空腹時の投与で問題ないように思います。
まとめ
以上、JAMAで注目された論文のざっくりとしたレビューになります。イベルメクチンに関しては、COVID-19関連ですでに100以上の臨床試験が報告されていますが、これといった決定打はないように思います(つまり質の高い臨床研究として査読付きの一流のジャーナルに掲載されること)。最近のメタアナリシスによれば、イベルメクチンは標準治療やプラセボと比較して、軽症患者における全死亡、入院期間、及びウイルス消失時間を改善させなかったと報告されています。メタアナリシス(メタ解析)は、適切にデザインされたものであれば、比較的にエビデンスレベルが高いとされますが、当該メタ解析は、感染症領域では最も権威の高い学術誌として知られる米国感染症学会の学会誌「Clinical Infectious Diseases」というジャーナルに掲載されたものですので、そういう意味では、「イベルメクチンは効くよ」とはならなそうな気はします。
「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 第5.3版」(2021年8月31日刊行)では上記メタ解析の論文が引用されています。イベルメクチンは、当該手引き書では「日本国内で使用できる適応外使用の薬剤」という括りの中の薬剤のひとつとして挙げられていますが、その有効性に関しては明確には言及されていません。補足ながら、イベルメクチンに関して、国内において医師主導治験が進行中であること(ただし第5波の影響で患者さんの組入れに難渋しているようです)、また企業治験も行われる予定という記載もあります(追記:企業治験は興和が担うようです)。
現時点で私がイベルメクチンを是非使ってみたいと思わない理由は以下になります。
- イベルメクチンが有効であるとするエビデンスレベルの高い臨床試験の報告がないこと
- そもそも、イベルメクチンの創薬・製造元である米国メルク社(Merck & Co.;日本ではMSD;私は医学専門家としてMSDに在籍したことがあります)が入手可能なデータを検証して、有効性と安全性を支持するデータは存在しないという声明を出しています。私は、研究開発部門のMSD社員として、米国メルク本社(複数ありますが)も訪問して、本国の開発メンバー達とも交流して、社風もよく分かっているつもりですが、米国メルク社は、科学的な検証を非常に大切にします。もし、既存のイベルメクチンが、世界中の人々を苦しめるCOVID-19に効くというのであれば、様々な角度から本腰を入れて検討・評価したはずで、当然それをやっての結論でしょう。イベルメクチンの「ホスト」が「効かないんじゃない?」と言ってる訳です。
- 初期治療は、既存の対症療法でなんとかなる — これまで500例以上、新型コロナで「陽性」の判定をしてきました。多くの方は、何かしら発熱などの症状があっての受診~陽性の判定という流れですので、その場で処方もします(院内処方です)。基本的には、カロナールのような解熱鎮痛剤に、症状に応じた他の薬剤を組み合わせます(漢方が苦手でなければ、葛根湯や麻黄湯、桔梗湯、五苓散、補中益気湯等から最適と思えるものを選んで処方。程度の強い空咳があれば、鎮咳剤とステロイド[デキサメタゾン]を組み合わせたり、痰も絡むようであれば、去痰剤を追加したり)。お子さんであれば、それらのシロップが多いです。デルタ株が出てきて、明らかに解熱するまでの期間が長くなったように思いますが、それでも殆どの方は自宅療養で経過していきます。もちろん、患者さんには、早く良くなっていただきたいので、少しでも辛さを軽減できる薬剤をと思うのですが、それらが上記の組み合わせであって、そこにイベルメクチンを追加しようという気にはなれません。
というわけで、現時点では、イベルメクチンが特効薬だとは思いませんし、今後、きっと新型コロナに対する予防薬又は治療薬としての内服薬が出てくるでしょう。イベルメクチンの、新型コロナに対する有効性が検証されるよりも、新規の内服薬が出てくる方が早いのではないかという期待もありますね。
■ 了
私達、家族も先生の初期の処方の咳止めのおかげで、肺炎にならずに快適にコロナの自宅療養が出来ました事を、全員で感謝しております。
引き続き、色々ご指導をお願い致します。
ありがとうございます。