行政検査で使える抗原検査キットの比較

2つのキットの比較

抗原検査キットの現状について

2020年9月5日時点において、国から承認された、新型コロナウイルスの抗原を調べる迅速診断キット(抗原検査キット)は2つあります。1つは、富士レビオ株式会社の「エスプライン SARS-CoV-2」で、もう1つは、デンカ株式会社の「クイックナビ-COVID19 Ag」です。両方とも、「体外診断用医薬品」という、保険診療の枠内で使用することの出来る検査キットになります。一方、前回の記事に出てくる「抗体検査」ですが、抗体検査で用いるキットは、現状、体外診断用医薬品として国から認められたものはなく、いずれも研究用試薬で、保険診療の枠内では使用出来ません(したがって、抗体検査は自費扱いです)。一応述べておきますが、研究用試薬だからといって、品質が劣るというような単純な話ではなく、研究用試薬でも一定の基準を満たせば、保険適用の対象として行政検査に使用することができる場合があります。

で、エスプライン SARS-CoV-2が先行して今年の5月に発売されて、8月にクイックナビ-COVID19 Agが発売されました。さて、この2つ、ともに迅速診断として用いることが出来る抗原検査キットで、鼻咽頭ぬぐい液を使用しますが(インフルエンザの抗原検査で、鼻奥まで綿棒を入れられたことのある方は分かると思いますが、あの検査手技と同じです…)、判定時間などで違いがあります。前者は、結果が出るまでに35分前後かかるのに対して、後者は15分前後で結果が出るようです。当然ながら、早く結果が出るならそれが良いですね。では、性能はどうでしょうか。日本で承認された医薬品は、基本的に添付文書と呼ばれるコアとなる文書・資料と紐づけされていて、これはネットで検索すれば比較的簡単に入手できます。我々医療従事者は、新しい医薬品を使いたいなという場合には、まずこの添付文書をじっくり読み込むということをやります(理想はね、えぇ)。そして、この添付文書には、たいてい当該医薬品が承認される時に用いた臨床試験の成績が載っているものです。これは体外診断用医薬品も例外ではありません。むしろ、そこに記載されている臨床性能試験が、当該キットのプロファイル・性能を代弁しているようなものです。

富士レビオ株式会社のエスプライン SARS-CoV-2の臨床性能試験の結果

では、先行して発売された富士レビオ株式会社のエスプライン SARS-CoV-2のデータを見てみましょう。まず前置きとして、「行政検査検体」というデータセットがあり、PCR検査(RT-PCR法)の結果を正解データ(参照データ~レファレンス)としています。その正解データの内訳は、PCR検査による陽性は24検体、陰性は100検体、計124検体からなるデータセットです。そのデータセットとの比較をした結果があり、それによると、

陽性一致率:  16/24 = 66.7%
陰性一致率: 100/100 = 100%

とあります。さて、いかがでしょうか。まず、陽性一致率ってそんなに高くないなぁと思います。PCR検査で陽性と判定された24検体のうち、過半数の16検体しか、抗原検査では陽性と判定しなかった、言い換えると、残り8検体は、実際には陽性なのに陰性と誤判定してしまったのです(これを偽陰性といいます)。一方で、陰性一致率は、100%と申し分のない成績で、こちらも言い換えると、実際には陰性なのに陽性と誤判定することはなさそうだ(これを偽陽性といいます)、ということになります[参考までに、ほぼ同じ手技となるインフルエンザの抗原検査キットは、同じく体外診断用医薬品として各社販売していますが、どれも陽性一致率は95%前後から100%に近い数字です]。

この結果だけ見ると何だか使用するのは不安になりますが、そこはきちんと国からのお墨付きを得た検査キットです。これは、どういうことでしょうか。

種明かしはこうです。行政検査検体は、新型コロナのウイルス量(RNAのコピー数)が既知なので、コピー数で分けてみると、コピー数が多ければ多いほど、陽性一致率が高くなり、十分にコピー数が高ければほぼ100%の陽性一致率となることが分かりました。

1,600コピー以上/テストでの陽性一致率:12/12 = 100%
  400コピー以上/テストでの陽性一致率:14/15 = 93%

ウイルス量~コピー数は、発症してからの時間経過と相関があるようで(川崎市の行政検査による患者データ調査等)、発症後2日目~9日目以内であれば、ウイルス量が多く、PCR検査との一致率が高いことが分かりました。こういう検証データの存在があって、令和2年6月16日に当該抗原キット使用に関するガイドラインの改訂があり、

  • 本キット(筆者注:エスプライン SARS-CoV-2)で陽性となった場合は、確定診断とすることができ、新型コロナウイルス感染症を疑う症状発症後2日目以降から9日目以内の者については、本キットで陰性となった場合の追加のPCR検査等を必須とはしない 。
  • (ウイルス量が少ないことが想定される)無症状者に対する使用、無症状者に対するスクリーニング検査目的の使用は、適切な検出性能を発揮できず適さない。

となった訳ですね。きちんと添付文書に記載のあるデータを紐解くとこういう背景が見えてきます(なので、添付文書はとても大切な読み物です)。

デンカ株式会社のクイックナビ-COVID19 Agの臨床性能試験の結果

さて、後発品であるデンカ株式会社のクイックナビ-COVID19 Agの添付文書にも同様のデータの記載があり、やはり「行政検査検体」を用いた試験結果があります。その参照データセットの内訳は、PCR検査による陽性は103検体、陰性は28検体、計131検体のデータセットです(富士レビオのデータセットとはずいぶんと構成が違いますが、これに関しては後述)。上記と同様に陽性一致率等を書き出してみましょう。

陽性一致率:55/103 = 53.4%
陰性一致率: 27/28 = 96.4%

行政検査検体とはいえ、富士レビオのとは違うデータセットのようで、横並びに比較というわけにはいきませんが、概して同程度の一致率だといえるでしょう。また、発症後2日目以降~9日目以内かつ初回採取された31検体との陽性一致率は、以下のようでした。

1,600コピー以上/テストでの陽性一致率:24/25 = 96.0%
  400コピー以上/テストでの陽性一致率:24/26 = 92.3%

こちらも富士レビオのと同程度ですね。この結果を受けて、令和2年8月11日付で、デンカ株式会社のクイックナビ-COVID19 Agも晴れて保険適用されることとなりました。

余談:上記2社の行政検査検体の構成内容の違いについて

さて、上記2社とも「行政検査検体」を用いているけれど、その構成内容が大きく違う点についてですが、まず先行品である富士レビオのキットで、陽性一致率はそんなに高くないことが判明していたので(しかもPCR陽性24検体での評価なので正直心許ない)、後発のデンカは、自発的にPCR陽性の検体を十分数確保(103検体)したのかもしれません。あるいは、この手の医薬品の審査を行うPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)との相談の中で指示されたのかもしれません。その辺りは知る由もありませんが、兎に角、PCR陽性103検体(1,600コピー以上だと25検体ですが、これでも富士レビオの1,600コピー以上の検体数の2倍)で、先行する富士レビオと同程度の陽性一致率を出しているのは、先行品との差別化という観点では、注目すべきポイントかなと思います。

で、当院では、現時点で、富士レビオの抗原検査キットを使用していますが、在庫がなくなり次第、デンカのキットにする予定です。何せ15分程度で結果が出るという利点がありますし、上記のような考察も踏まえ、ガイドラインや添付文書等に指示されている使用法であればPCR検査と一致率が高いというデータがありますので(富士レビオの抗原検査キットもですよ)。

インフルエンザ抗原検査キットとの同時使用?

また、これは富士レビオのキットではすでに実現していることですが、今後、インフルエンザが流行してくると、同一の鼻咽頭拭い液の処理検体を使って、新型コロナもインフルエンザも判定したいと思うのは自然な流れです。鼻の奥まで綿棒を入れられてグリグリ…というのは誰しも1回で済ませたいものですし、医療従事者としても検体採取時のくしゃみ等による感染リスクの低減につながります。デンカのキットでもそうなるのは時間の問題でしょうね。

■了

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