季節性インフルエンザワクチンについて
2020/2021年シーズンのワクチン情報
もうすぐ10月ですが、そうなるとインフルエンザワクチンのシーズンがはじまりますね。今年は、厚労省から「季節性インフルエンザワクチン接種時期ご協力のお願い」というのが出てまして、以下のように、ざっくりと、
- 65 歳以上の方等は、希望により10月1日からの接種が可能
- 上記以外の方は、10月26日からの接種が可能
となっています。細かい条件等は上記の厚労省リンクをご参照下さい。
このコロナ禍、急に肌寒くなってきましたが、新型コロナの流行も懸念される中、インフルエンザワクチンの需要が高まる可能性があります。今年は過去5年で最大量(最大約6300万人分)のワクチンを供給予定とのことですが、果たして足りるのか足りないのかは状況を見ていくしかないですね。
ちなみに、現在国内で広く用いられているインフルエンザワクチンは、インフルエンザウイルスA型株(H1N1株とH3N2株の2種類)及びB型株(山形系統株とビクトリア系統株の2種類)のそれぞれを培養して製造されていて、4価の不活化ワクチンとなります。
「ワクチンの有効性」を正しく理解していますか?
さて、このインフルエンザワクチンですが、「ワクチンの有効性、有効率」といった場合、一般的には、対象となる病気の発病予防効果のことを指します。そして、インフルエンザワクチンの場合、その有効性(有効率)は60%という報告があります(注:シーズンごとに変わりえます!)。この「有効性~発病予防効果が60%」とはどういうことでしょうか?これは、医療従事者でもかなりの方が誤解しているのではと思いますが、ありがちな誤解は、
「100人にワクチンを打てば、60人はインフルエンザを発症せずに済む」
というものです。この解釈は間違いです。考えてみれば、この解釈だと、ワクチンを打った100人中40人はインフルエンザを発症するということです。これは日本におけるインフルエンザ流行期の罹患率(通常は1桁台)から見ても、相当に変な、高すぎる数字ということになりますね。
ワクチンの世界で有効率という場合は(英語だとVaccine Effectiveness~VE)、ワクチンを打たなかった人が発病するリスクを基準として、ワクチンを打った人が発病するリスクが相対的にどれだけ減少したか?を示します。上述の「有効率が60%」の例でいえば、ワクチン非接種者の発病率を「1」とした場合に、ワクチン接種者の発病率を相対的に「0.6」減少させることが出来る、つまり、ワクチン接種者での相対的な発病率は「1 – 0.6 = 0.4」で「0.4」になるということです(やや専門的に言えば、「相対危険度が0.4」ということ)。また、同じことですが、「ワクチンを接種せず発病した方々の60%は、ワクチンを接種していれば発病しなかった」というふうに解釈することも出来ます。
このように、ワクチンの有効性というのは、ワクチンを打った人だけに着目して出てくる数字ではなく、接種ありと接種なしとの対比で出てくる数字だというのがポイントです。もっと理解を深めるために、厚労省の「インフルエンザQ&A」サイトにある具体例をみてみましょう。
発症せず | 発症した | 発症率 | |
インフルエンザのワクチン非接種(100人) | 70人 | 30人 | 30% |
インフルエンザのワクチン接種(200人) | 176人 | 24人 | 12% |
上表のように、ワクチンを接種しなかった方100人のうち30人がインフルエンザを発症(発病)した(つまり発病率30%)のに対して、ワクチンを接種した方 200人のうち24人がインフルエンザを発症しました(つまり発病率12%)。これらの数字を上述したワクチンの有効率の定義に当てはめると、30%から12%引いた18%を基準となる30%で割った 0.6 がワクチンの有効率となります。式で表すと、
$${\frac{(30-12)}{30}} \times 100 = (1 – 0.4) \times 100 = 60 (\%)$$
となります。この式で出てくる「0.4」という数字は、相対危険度の数字そのものですね($12/30 = 0.4$)。つまり、ワクチンの有効率は、
$$(1 – 相対危険度) \times 100\%$$
で求めることも出来るということですね。
インフルエンザワクチンの有効率の推移
さて、ワクチンの有効性(以下、VE)については、60%という報告がありますが、これは、6歳未満の小児を対象とした2015/16シーズンの研究からの結果です。VEに関しては、これまで述べた定義からもシーズンごとに変化するものですが、毎年どんな感じなんでしょうか。日本のデータではありませんが、米国疾病予防管理センター(CDC)がまとめているデータからシーズンごとの有効率が分かります。以下の図がそれです。
こうやって見ると、シーズン毎に随分と差異があることが分かりますね。特に、2014/2015年は、VEが19%とかなり低いものになっています。これは、その年に流行るであろうウイルスの型を、世界保健機関(WHO)をはじめとして、各国で予想・検討してワクチン株を製造しますが、それが実際に流行したワクチンの型と違っていたせいですね(もっと言えば、ワクチンの中でもA型のH3N2に対する有効性の低さが足を引っ張っているようです)。実際、このシーズンは米国だけではなく、世界的にVEは低下しました。製造過程でワクチンの抗原性が変化する卵馴化も関係していたようです。
ちなみに、日本でのデータは、このリンク先のPDFに良くまとまってますが、それによると、毎年の変動はありつつも、2013~2019年にかけての平均は40%台で、概ね米国と同様かと思います。気になるのは、上のCDCのデータでもそうですが、近年は徐々にVEが低下しているように見えることです。これがたまたまであれば良いのですが…。
ワクチンの効果はどれくらい続くのか?
これは皆さんが疑問に思っていることだと思いますし、その効果の持続時間によっては、ワクチンを打つタイミングを考えてしまいますよね。予防接種ガイドラインには、個人差があるものの、ワクチンの予防効果が期待できるのは接種後2週から5か月程度と考えられる、とあります。これだけだと、その5か月の間に徐々に効果が落ちていくのか、それとも一定なのか?といった疑問が沸きますので、ここはインフルエンザワクチンの添付文書を見てみましょう。例えば、「ビケンHA」の添付文書には、「薬効薬理」の項に「効果の持続」という項目があり、以下のような記載となっています。
インフルエンザHAワクチンを3週間隔で2回接種した場合、接種1か月後に被接種者の77%が有効予防水準に達する。接種後3か月で有効抗体水準が78.8%であるが、5か月では50.8%と減少する。効果の持続は、流行ウイルスとワクチンに含まれているウイルスの抗原型が一致した時において3か月続くことが明らかになっている。基礎免疫を持っている場合は、ワクチン接種群における有効な抗体水準は、3か月を過ぎても維持されているが、基礎免疫のない場合には、効果の持続期間が1か月近く短縮される
https://www.info.pmda.go.jp/go/pack/631340FA1047_1_30/?view=frame&style=XML&lang=ja
いかがでしょうか。2回接種した場合(日本においては、2回接種は原則13歳未満の小児)のデータが提示されていて、5か月で有効抗体水準が半分になっています。続く文では、予想したワクチン株と流行したウイルスの抗原が一致すれば効果は3か月続くけれど、免疫が落ちている方は2か月程度かもとあります。私個人の感想ですが、「意外と持たないな」と。また、高齢者では、一般的に免疫反応性が若年者より低下しており、ワクチンへの反応性も乏しいと言われていますので(他の参考リンク)、高齢者に対するワクチンの接種時期に関しては、適切なタイミングがいつなのかというのは考えてしまいますね。
インフルエンザワクチンを打つ意味はあるのか?
ここまで、目を通された方は、「インフルエンザワクチンの有効性は思ったほど高くなさそうだし、もって数か月という話だし、本当に効くのかな、打つ意味はあるのかな?」と思われるかもしれません。この疑問は至極まっとうなもので、実際のところ、インフルエンザのワクチンに関しては、麻しんや風しんワクチンで認められているような高い発病予防効果を期待することはできませんし、厚労省のQ&Aにもそう明記されています。あくまで「発病予防効果が一定程度認められる」ということです。この「一定程度」というのは、随分とあいまいな言い回しに思えるかもしれませんが、これまで述べたような、シーズン毎にそれなりに変動するVEや、近年のVEの低下傾向を見るに、こう述べるのが精一杯なのではと思います。では、ワクチンを打つ意味はないのでしょうか?
いいえ、ワクチンを打つ意味・意義は十分にあります。これも厚労省のQ&Aに明記されていることですが、
インフルエンザワクチンの最も大きな効果は「重症化」を予防することです。
インフルエンザにかかったことのある方なら分かると思いますが、あの高熱でぐったりという症状があっても、多くの方は1週間もしない内に回復します(インフルエンザに効く内服薬の種類も増えましたし)。しかしながら、中には肺炎や脳症等の重い合併症が現れ、入院治療を必要とする方や、場合によっては死亡される方もいます。これをインフルエンザの「重症化」といいますが、重症化する方の多くは、高齢の方や基礎疾患のある方なのです。重症化の理由のひとつは、上述した、加齢に伴う免疫能の低下などです。
国内の研究によれば、65歳以上の高齢者福祉施設に入所している高齢者については34~55%の発病を阻止し、82%の死亡を阻止する効果があったとされています(平成11年度 厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症研究事業「インフルエンザワクチンの効果に関する研究(主任研究者:神谷齊(国立療養所三重病院))」)。
このように、「インフルエンザワクチンの接種が高齢者や基礎疾患のある方の重症化を防ぐ」ということをサポートする報告はいくつもありますし、CDCのサイトには以下の記載もあります。
Because of age-related changes in their immune systems, people 65 years and older may not respond as well to vaccination as younger people. Although immune responses may be lower in older people, studies have consistently found that flu vaccine has been effective in reducing the risk of medical visits and hospitalizations associated with flu.
(拙訳)加齢に伴う免疫能の低下が原因で、65歳以上の方は、若年者ほどはワクチン接種に対して効果的には反応しないかもしれません。それでも、インフルエンザワクチンの接種が、インフルエンザ症状に伴う病院受診や入院のリスクを減らすのに有効であるとする研究は定期的に報告されるのです。
A Flu Vaccine is the Best Protection Against Flu
今季、予防接種法に基づく定期接種対象者(65 歳以上の方等)は、10月1日から「優先的に」インフルエンザのワクチン接種が出来るようになりました。こうなった背景のひとつは、明らかに新型コロナウイルスの影響です。皆さんもご存じのように、新型コロナウイルスでの致死率は、下表のように、明らかに60代以上の高齢者で高くなります。なので、重症化しやすい高齢者の方々を優先的に、というのは首肯できるところです(接種時期は検討の余地があると個人的には思っていますが)。
以上、ワクチンを打つ意義として、主に高齢者の重症化予防という観点から述べました。となると、「乳幼児や小児、若年者は、相対的に重症化のリスクが低いのであれば、積極的にワクチンは打たなくても良いのでは?」という疑問も出てきますね。これに関しても、64歳以下の健常人においてもインフルエンザワクチンの接種が有効であるとする肯定的な報告は複数ありますし、エビデンスレベルの高い研究結果であろうことが期待される、例えば、JAMAのサイトで検索してみても、そういう報告はいくらでも出てきますね。また、致死的となりうるインフルエンザ脳症は、主に小児で見られます。
今回はあまり深入りはしませんが、ワクチンの効用としては、個々人に対する発病予防効果(Direct protection~直接的な防御)が着目される傾向にありますが、集団免疫だとかワクチンのIndirect protection(間接的な防御)という視点も非常に大切です。ワクチン事業という観点からは、これに医療経済・医療コストも加味する必要があるでしょうけれど、まずは、より予防効果の高いインフルエンザワクチンの開発~上市(医薬品として流通すること)が望まれますね。
ワクチンはいつ接種するのが良いのか?
こちらに対する模範的な回答は、
日本では、インフルエンザは例年12月~4月頃に流行し、例年1月末~3月上旬に流行のピークを迎えますので、12月中旬までにワクチン接種を終えることが望ましいと考えられます。
厚労省 令和元年度インフルエンザQ&A
となります。補足すると、ワクチンが十分な効果を維持する期間が接種後約2週間から約5か月ということでしたので、「12月中旬」というのは、最も遅いギリギリのタイミングということなります(体内でワクチンに反応して十分量の抗体が作られるのが年末あたりなので、その前に流行しているとタイミング的には遅い可能性もありますね)。
早めの接種タイミングとしてはいつが良いでしょうか。「インフルエンザ・肺炎球菌感染症(B類疾病)予防接種ガイドライン 2020年度版」には、
10月から12月中旬までの間に行うことが適当である
との記載があります。10月ですね。もし10月1日にワクチン接種すると、10月中旬にそれなりの抗体が体内に出来て、3月中旬ごろまではワクチンの効果が持続する感じでしょうか。10月初旬に打てるのは、原則、高齢者の方々で、これまで述べてきたように、免疫能の低下を考慮すると、何となく3月中旬まで十分量の抗体価が保てるのだろうかと一抹の不安を覚えます…。それも、今年製造の4価のワクチン株と、実際に流行するであろうインフルエンザウイルスの型とが合致した場合の話ですし。
とまぁ、ワクチンを打つタイミングは実に悩ましいものですが、個人的には10月後半のどこかで良いかなぁ、と思っています。6か月以上13歳未満のお子さんは、3~4週間あけて2回接種ですので、お子さんは、10月前半から打つことで良いように思いますね。
まぁ、厚労省の10月1日から~の話は、「ご協力のお願い」であって、そのポスターにも、「お示しした日程はあくまで目安であり~」とあるので、こちらが打ちたいタイミングで打つことで問題ないんですけどね。
まとめ
- 今年は、原則65歳以上の方は、10月1日からインフルエンザのワクチン接種が可能、それ以外の方は10月26日以降という厚労省からのお願いがあるが、適宜、医療機関の判断で対応可。
- ワクチンの有効率は、非接種群での発病率と接種群での発病率との対比から算出される。
- インフルエンザのワクチンの最も大きな効果は「重症化の予防」であって、「発病予防効果」は期待するほど高くはない。
- ワクチン接種後、約2週間から5か月後まではワクチン接種の効果が期待できるが、流行するインフルエンザの型や対象者の免疫状態などに左右されうる。
- ワクチン接種タイミングとしては、10月から12月中旬までの間が妥当であろう。
■ 了