理研が新型コロナの「ファクターX」を一部解明?

はじめに

2021年12月8日付の理研(理化学研究所)のプレスリリースで「新型コロナウイルスに殺傷効果を持つ記憶免疫キラーT細胞-体内に存在するもう一つの防御部隊-」が報告され、ニュース等でのメディアでは、日本人の新型コロナ患者の重症者や死亡者が、欧米人に比べて非常に少ない要因、いわゆる「ファクターX」の一部が解明されたという趣旨で報じられました[1, 2, 3]。当然ながら、この研究成果は論文化されており、誰でも読むことが出来ます。趣旨は、大まかには以下の感じです。

  • 日本人に多くみられるHLA型のHLA-A*24:02に結合する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイクタンパク中のエピトープ(抗原決定基)を同定した。
  • 季節性コロナウイルスに対する記憶免疫キラーT細胞は、このエピトープに交差反応性を示した。つまり、ほとんどの人がかかったことのある季節性コロナウイルスの免疫記憶が、新型コロナウイルスに対しても効果的に働くことが期待される。

これらを丁寧な実験で示しており、今後のペプチド療法等への応用も期待できる非常に意義のある研究だと思います。ここで注意しておきたいのは、論文中では当然ながら「ファクターX」について言及している訳ではありませんし、日本人で新型コロナ患者の重症者や死亡者が少ない理由は~なんてことも述べていません。行間を読めば、日本人でメジャーなHLA-A*24を調べて、新型コロナウイルス由来のエピトープの同定に成功、このエピトープは季節性コロナウイルスも反応するから、多くの日本人では、季節性コロナウイルス由来の記憶免疫キラーT細胞が新型コロナウイルスに対しても防御的に働いているかもしれないね、ということになりますが、それが「ファクターX」を説明するかというとそれは別のストーリーだろうとは思います。「ファクターX」の部分的な説明になる可能性はありますが。

今回の知見が「ファクターX」の決定打であることを示すには、

  • HLA-A*24:02がメジャーなHLA型である人種は日本人だけではない。HLA-A*24:02がメジャーな他人種での感染状況はどうなのか?
  • HLA-A*24:02以外の、他人種でメジャーなHLA型が提示する新型コロナウイルス由来のエピトープも、季節性コロナウイルス由来のキラーT細胞と交差反応性を示すのでは?

といった辺りを詳細に評価して初めて「ファクターX」の解明に近づくのだろうと思います。2つ目に関しては、今回同定したエピトープは、新型コロナウイルス以外の4つの季節性コロナウイルス(HKU1、OC43、NL63、及び229E)の当該部位アミノ酸配列と高い相同性を持つようなので、スパイクタンパクの他領域に相同性の高い箇所がなければ、HLA-A*24:02を持つことの優位性と紐付けられるかもしれませんが、当該エピトープと他のHLA型との親和性についてはどうなのかは気になりますね。

今回、HLA-A*24:01というHLA型が出てきましたが、小生は、それこそ横浜の理化学研究所(今回プレスリリースの研究室とは別ですが)に所属していた時の成果を基にHLA-A型に関する国際特許を取得していることもあり、HLAにはそれなりに詳しいので、今回の報道の補足をしておきましょう。

日本人でのHLA-A*24:01の頻度は?

日本人では、HLA-A*24:01はメジャーなHLA型ということですが、実際、どれくらいの頻度なのでしょうか。ニュース等では日本人の約6割HLA-A*24型と報道されています。これを検証するには、そういうデータが十二分に集積されているデータベースを調べればよく、おすすめは「公益財団法人 HLA研究所のサイトです。このサイトの「HLAについて」というページでその頻度を見ることが出来、それによるとHLA-A*24:02の遺伝子頻度(アリル頻度)は36.09%となっています。詳細は割愛しますが、この数値から算出すると、日本人のちょうど60%HLA-A*24:02という型を持つことになり、ニュース等での数値と合致しますね。

他人種でのHLA-A*24:01の頻度は?

さて、他の人種ではどうでしょうか。これを知りたければ、「The Allele Frequencies Website」のサイトで検索するのが手っ取り早いでしょう。このサイトでHLA-A*24:01を調べたのがこのリンク先です。490個の各人種・部族等のエントリーがあり、アルファベット順に並んでいます。日本人でのHLA-A*24:01の頻度はHLA研究所のと合致しているでしょうか? 日本人関係は、125番目からのエントリーにありますが、最もサンプルサイズの大きい「Japan pop 16」という集団(n=18,604)では、アリル頻度が36.48%となっており、HLA研究所での報告とほぼ合致している、つまりデータベース自体の信頼性も悪くはないだろうと推測出来ます。

ニュース等では、欧米人はHLA-A*24:01の型を1~2割しか持たないとありますが、ざっとエントリーを見ていくと、71番目あたりからのドイツでは、大体10%前後のアリル頻度なので、ドイツ人の3割程度はHLA-A*24:01を持っていることになりますねぇ。その他の白人集団をみると、それなりに程度の幅はありますが、まぁ1~2割の欧米人がHLA-A*24:01型であるというのは、そう悪くない数字かなとは思います。

さて、この頻度表をみて、着目すべきは台湾での数字です。218番目からずらっとエントリーがありますが、多くの部族(?)で、なんと8割以上がHLA-A*24:01を持っています(個々のサンプルサイズは小さいですが一貫性があります)。もし、HLA-A*24:01型の、新型コロナウイルス防御への寄与度が高いのであれば、台湾での感染状況は悪くはないだろうと予測されます。果たしてどうでしょうか。

各国での新型コロナの感染状況をすぐに見ることが出来る「新型コロナ データサイト」のサイトで、台湾をみてみると、以下のようなグラフとなっています。

おぉ、かなり制御されていますね。もちろん、台湾には、オードリー・タンのような非常に優秀な人材がいて、行政的にもコロナ対策等が効率よく実施されているというのが、コロナ感染状況が悪くない要因の一つでしょうが、もしかしたら、HLA-A*24:01型が寄与している可能性もありますね。参考までに、日本では、以下の感じです。今夏の第5波の猛威がグラフ的にも確認出来ますが、台湾でもそうですが、これデルタ株なんですよね。果たしてHLA-A*24:01型はデルタ株には効かないんでしょうか?

HLA-A*24:01型はデルタ株には効かない?

これに関しては、非常に興味深いプレスリリースがAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)から今年の6月にありました。「ウイルスの感染力を高め、日本人に高頻度な細胞性免疫応答から免れるSARS-CoV-2変異の発見」と題されたものですが、今年6月16日のプレスリリースですので、デルタ株が日本で猛威を振るう前のタイミングです。このニュースのポイントをそのまま掲載します。

  • 新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の感染受容体結合部位が、ヒトの細胞性免疫を司る「ヒト白血球抗原(HLA)」の一種「HLA-A24」によって認識されることを見出した。
  • 「懸念すべき変異株」に認定されている「カリフォルニア株(B.1.427/429系統)」と「インド株(B.1.617系統;デルタ型)」に共通するスパイクタンパク質の「L452R変異」が、HLA-A24を介した細胞性免疫から逃避することを明らかにした
  • 「L452R変異」は、ウイルスの感染力を増強する効果があることを明らかにした。

もう一度言いますが、この報告は、デルタ株が日本で猛威をふるう前のタイミングです。2ヶ月前に日本でのデルタ株の台頭を予見していたわけです。以下のような記載もあります。

[…]上述の通り、L452R変異は、現在世界中で流行拡大しているインド株に特徴的な変異です。また、L452R変異による免疫逃避に関わる、細胞性免疫を担うHLA-A24というタイプの白血球抗原は、約60%の日本人が持っています。L452R変異は、日本人に多いHLA-A24による細胞免疫から逃避するだけでなく、ウイルスの感染力を増強しうる変異であることから、この変異を持つインド株は、日本人あるいは日本社会にとって、他の変異株よりも危険な変異株である可能性が示唆されます。

いや、これは素直にすごいなと思います。当院、お盆期間中は夏季休業で通常の診療は休診扱いでしたが、発熱外来は随時対応しており、まさに朝から晩まで、発熱の患者さんが絶えず、診察とPCR検査に追われ、1日で10人以上コロナ陽性と診断する日もありました。なので、身を持って、デルタ株の脅威を体験したのですが、こうも見事に科学的に裏打ちされていたとは。

デルタ株は、6割の日本人、8割前後の台湾人(?)が持つHLA-A24型による細胞免疫から逃避可能ゆえに、他の新型コロナウイルス株ほどには、感染コントロールが出来なかったと。ま、そういうストーリーも可能かもしれないということです。

一方、理研のプレスリリースの論文のSupplementary Figure 3を見ると、以下のように、研究チームが同定したエピトープ部位は、新型コロナのアルファ株でもデルタ株でも共通なんですよねぇ。ここだけ見れば、デルタ型にもHLA-A24型は有効そうに思えますが、実際はそうではなかったようなので、この辺りはシンプルにキラーT細胞だけではなく、B細胞との連携など多面的な免疫機構も踏まえて理解する必要がありそうですね。

オミクロン株はどうだろうか?

さて、国内では2021年11月28日付で懸念される変異株(VOC)に位置付けが変更されたオミクロン株についてはどうでしょうか。スパイクタンパクの変異に関して、ここで見る限り、AMEDのプレスリリースにあるような、デルタ株に特徴的なL452R変異は有していないので、HLA-A24型を介した免疫は機能することが期待されますが、何せスパイクタンパク部位だけでも30個程度のアミノ酸置換(変異)があるので、感染力や毒性に関しては、当面はデータの集積を待つ必要があるでしょう。今のところは、幸いにも感染力は高そうだけれど毒性はデルタ株ほどではなさそうな感じですので、そこは安心材料ですが、引き続き感染予防対策が大切なのは言うまでもありません。

おまけ

さて、私事ですが、小生は自分のHLAのタイピングを済ませており、HLA-Aに関しては、両親からA*02:01A*11:01を引き継いでいます。つまり、日本人で6割が持つHLA-A24型は有していないのですが、先のHLA研究所によると、A*02:01のアレル頻度は11.64%ですし、A*11:01は8.98%ですので、まぁ主要なHLA-A型ではあります。で、報告によればHLA-A*02:01型は、新型コロナにはあまり有効な免疫は期待できなさそうだというちょっと残念な結果があり、さらには、この論文にあるようにHLA-A*11:01に関しても、新型コロナの重症度に関係してそうだという報告があり、個人的には感染対策について気は抜けないなと思います。

■ 了

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