「後医は名医」は本当か?
はじめに
医療の世界には「後医(こうい)は名医」*注という言い回し、格言があります。最初に診た医者(前医)には診断がつかなかった病気を、あとから診た医者(後医)があっさり言い当てる。患者さんの目線だと「前の先生の処方ではなかなか良くならなかったのに、次の先生はきちんと診断してくれて、処方したお薬ですぐに良くなった。名医だ」と思える、あの現象のことです。
開業医として日々診療していると、私は「後医」になることもあれば「前医」になることもあります。発熱初日のお子さんを診て「ウイルス性の風邪ですかね、処方するお薬で様子をみましょう」と言った3日後に、別の医院で「これは溶連菌ですね」と診断が付いて、溶連菌に効く抗生剤を処方される。逆に、他院で原因不明とされた症状の方が当院に来られて、経過を聞いただけで見当がつくこともあります(コロナ後遺症はこの傾向が強い)。
この格言は、医者同士が「前の先生を安易に批判するな」と戒め合う処世訓として語られることもありますが、実は認知心理学や臨床疫学の分野で、この現象の中身がかなり詳しく調べられています。この記事では、「後医はなぜ有利に見えるのか」と「後医だからといって本当に正しいのか」の両面を、文献をもとに整理してみます。医療者の方向けに根拠は末尾の参考文献にまとめ、本文中の [1] のような番号から飛べるようにしてあります。
*注:「後医」の読み方であるが、「こうい」と「ごい」の2通りあり、医療現場や辞書的解釈においても双方が使われており、どちらか一方が間違いというものではない。「こうい」の論拠は、「後輩(こうはい)」「後任(こうにん)」「後者(こうしゃ)」「後継(こうけい)」など、人物や順番を指す近代的な熟語では漢音の「こう」が主流であり、「あとに診る医師」を「こうい」と発音するのが自然だろうと。一方で、「ごい」の論拠としては、言語学的な整合性を重んじる立場から、呉音(ごおん)読みだと、「前(ぜん)」に対して対をなす読みは「後(ご)」であり(「前後(ぜんご)」しかり)、対義語としての座りが良いよね、と。個人的には、「名医(めいい)」という3文字に対して、「後医(こうい)」という3文字が読み上げのリズムが良いかなと思う。前医(ぜんい)も3文字だし。
結論を先に
「後医は名医」という格言そのものを検証した研究はありません。ただし、この現象を成り立たせている仕組みは、それぞれ別の研究で確かめられています。まとめると次のようになります。
- 後医が有利なのは医者の腕の差というより、「時間」と「情報」の差によるところが大きい。
- 実際にセカンドオピニオン(後医の診察)で診断や治療方針が変わる割合は、研究によって1〜6割と幅があるが、決して小さくない。
- 一方で、後医には後医の落とし穴がある。前医の診断に引きずられる、前医の判断を知ると自分の判断が歪む、結果を知ってから「最初から分かったはず」と思い込む、といった認知バイアスが研究で示されている。
なぜ後医は有利に見えるのか
後医が正しい診断にたどり着きやすい理由は、大きく3つに整理できます。
- 時間の経過が病気の正体を見せてくれる
「かぜ」を例に考えてみましょう。最初のうちは「発熱やだるさ・頭痛」「なんとなくお腹が痛い」など、これといった特徴のない症状しかありません。時間が経つにつれて、発疹が出る、痛みの場所が定まってくる、適切なタイミングでの検査結果といったその病気らしい手がかりが揃ってきて、総称としての「かぜ」からより具体的な、例えば「マイコプラズマ感染症」や「インフルエンザA型」といった診断に辿り着きます。プライマリ・ケア(かかりつけ医などによる初期診療)の研究では、むやみに検査を増やすより「時間の経過そのもの」を診断の道具として使うほうが効率的だ、という考え方が整理されている程です[10]。後医は、時間が経って、病気がひと通り「自己紹介」を終えた段階で診るというアドバンテージがあるわけです。
- 前医の検査と治療の結果が、強力な追加情報になる
後医は白紙の状態で患者さんを診ているわけではありません。「前の先生の抗菌薬が効かなかった」という事実は、細菌感染の可能性を下げ、ウイルス性や別の原因を疑う材料になります。治療への反応を見て診断を絞り込むことを、医学では「治療的診断」と呼びますが、前医が行った血液検査や画像検査の結果も、後医にとってはすでに手元にある有用なデータです。前医の診察があるからこそ、後医の診断は進むという側面が確かにあります。
- 「最初の見立て」に縛られずに考えられる
内科の診断エラーを分析した研究では、エラーの74%に医師の思考プロセスの問題が関わっており、その中で最も多かったのは、いったん診断を思いつくとそこで考えるのをやめてしまう「診断の早期閉鎖」(premature closure)でした(「思考停止」の状態ですね)[7][17]。しかも医師は、難しい症例ほど自信過剰になりがちです。米国の研究では、難症例での正答率が5.8%しかないのに、医師の自信は10点満点で6.4点でした[8]。自分の最初の診断を自分で疑うのは、思いのほか難しいのです。後医が診るタイミングでは、前医からの情報に加え、病気の時間経過もあるので、診断の早期閉鎖に陥ることなく一から考え直すことが出来ます。また、意識して立ち止まって考え直す「省察的推論」が診断精度を上げることも示されています[9]。
「医者の人数」と誤診率の関係を試算した研究
上記3つ目の点を数理モデルで示した研究があります[6]。医師の診断は平均すれば正解のまわりにばらつく、と仮定して1,000人の患者をシミュレーションしたところ、セカンドオピニオンを1回受けるだけで誤診率は基準値の約半分(25.8%)になり、3回で9.9%まで下がりました。前医が自分の診断に固執する「自己過信」や「後知恵」の影響を、別の医師が入ることで打ち消せるため、と説明されています。
| 診てもらう医師の数 | 推定誤診率 | 主な効果 |
|---|---|---|
| 1人(初診のみ) | 基準値 | ― |
| 2人(後医が1人) | 25.8% | 前医の自己過信バイアスを打ち消す |
| 3人 | 16.0% | ばらつきが平均されて正解に近づく |
| 4人 | 9.9% | 偶然の判断誤差がさらに相殺される |
リアルデータで見る「後医」の効果
では実際に、後医の診察でどのくらい診断や治療方針が変わるのでしょうか。セカンドオピニオンに関する研究をいくつか並べてみます。
| 研究 | 対象 | 後医で診断・方針が変わった割合 |
|---|---|---|
| システマティックレビュー[1] | 患者が自ら求めたセカンドオピニオン | 10〜62%で診断・治療・予後の重大な変更 |
| Mayo Clinic[2] | 総合病院へ紹介された286例 | 診断が完全に一致したのは12%。66%で精緻化、21%で修正 |
| フランス全国コホート[3] | 1,552例 | 32.3%で方針が不一致。複雑な症例だと約2.8倍 |
| 甲状腺の細胞診[4] | 7,154例の再判定 | 28.6%で判定が不一致。「判定困難」例の42.5%が良性か悪性に確定 |
| 整形外科領域の画像[5] | 11,186件を専門医が再読影 | 1.4〜27.9%で治療に影響する読み違いを修正 |
どの研究でも、後医の診察にはそれなりの頻度で「修正」の価値があることが分かります。ただし注意点もあります。システマティックレビューの著者らは、「診断がついていない病気の約9割は、後医でも診断がつかないまま」であること、そして「後医の診断のほうが本当に正しかったのか」を追跡して確かめた研究がほとんどないことを指摘しています[1]。「変わった」ことと「正しくなった」ことは、同じではありません。
それでも後医は「名医」とは限らない
ここからがこの記事の本題です。後医には、後医であるがゆえの落とし穴があります。認知バイアスの研究で繰り返し示されてきた3つを紹介します。
- アンカリングと診断モメンタム:前医の診断名に引きずられる
カルテや紹介状に書かれた前医の仮診断は、後医の思考の「錨(いかり)」になります。最初に提示された情報に判断が引き寄せられるのがアンカリング、いったん付いた診断名が人から人へ引き継がれるうちに既成事実のように固まっていくのが診断モメンタム(Diagnosis Momentum)です。診断エラー研究の第一人者であるCroskerryは、これらを医師が陥りやすい代表的な認知エラーとして整理しています[11]。
これを実験で示した研究があります。中国で行われたランダム化フィールド実験では、訓練を受けた模擬患者が眼鏡店や眼科を受診する際に、わざと間違った「前医の処方箋」を見せました。すると後医の屈折検査の誤差は有意に大きくなり、1.0D以上の誤りが約2倍(オッズ比1.995)に増えました。しかも、前医の情報を見た後医は、本来必要な検査の手順を省く傾向があり、診察時間も短くなっていました[12]。「前の先生がこう言っているなら」と、確認を省いてしまうわけです。
- 同僚バイアス:前医の判断を知ると、自分の判断がずれる
整形外科医172人と神経内科医160人に架空の症例を提示し、前医の意見を知らせた群と知らせない群で治療方針を比べた研究があります。整形外科医では、前医が「手術などの侵襲的な治療」を提案していたと知らされると、自分もより侵襲的な治療を選ぶ傾向が有意に強まりました(オッズ比1.437)[13]。若手医師を対象にした別の研究では、提示された診断の候補が妥当かどうかに関わらず、医師にはそれを受け入れてしまう基本的な傾向があることが示されています[14]。前医の誤りが、そのまま後医に引き継がれるリスクは、机上の話ではありません。
- 後知恵バイアス:「最初から分かったはず」という錯覚
後医が「なぜ前の先生はこれを見抜けなかったのか」と感じるとき、そこには後知恵バイアス(Hindsight Bias)が働いています。1981年の古典的な実験では、医師に症例を提示して各診断の確率を見積もらせる際、あらかじめ「正解の診断」を教えられた群は、教えられなかった群より「自分なら最初からその診断を高い確率で考えた」と有意に過大評価しました[15]。近年は放射線科医でも、病変の位置をあとから知ると、ノイズの多い初期の画像を見直したときに「最初から見えていた」と知覚そのものが書き換わる「視覚的後知恵バイアス」が確認されています[16]。
つまり「後医は名医」と感じる場面の一部は、後医の腕が良いのではなく、結果を知った後医(あるいは患者さん)の記憶と認知が、前医に不利な方向へ歪んでいる可能性があるのです。
患者さんにとって、これらの話は何を意味するのか
- 「様子をみましょう」は手抜きではないことが多い:私もそれなりの頻度で使います―「その症状に関しては、ちょっと様子見ですかねぇ」、と。初日に何もかも分かる病気はむしろ少数で、時間を診断の道具として使うのは正当な戦略です[10]。ただし「いつまでに、どうなったら再受診か」を患者さんにきちんと伝えておくことが大切ですね(自戒)。
- 前の医療機関の情報はできるだけ持って行く:処方された薬やそれらの効果、検査結果。これらは後医にとって強力な武器となりえます。「前の先生では良くなりませんでした」とだけ伝えるより、「これらのお薬を○日飲んだけれど良くなりません」と伝えるほうが、診断に直結する可能性が高くなりますし、後医が同じ診断や処方をしてしまうリスクを減らせます。
- セカンドオピニオンは有用だが万能ではない:診断や治療方針が変わる割合は小さくはないのですが、「変わった」ことが「正しくなった」ことを保証するわけではありません[1]。後医が前医の診断名に引きずられていないか、という視点も、患者さん自身が持っていてよいと思います。
- 最初の先生を責めすぎない:後から見れば簡単に見えるのは、人間の認知の癖です[15]。もちろん見落とすべきではない病態もありますが、「最初の診察で分からなかった」こと自体が誤診というわけではありません。
医師としての自戒
私自身は、後医の立場で紹介状を読む際は、書かれている診断名を参考にはしつつ、「処方された薬は本当に目の前の患者さんに必要なのか」ということを意識するようにしています。前医の情報は貴重な宝物ですが、「診断モメンタム」に陥らないように意識しつつ、かつ、最初に診てくれた先生に敬意を表し、「後知恵バイアス」に嵌まらないようにしないといけませんね。
そして前医の立場の際には、「診断の早期閉鎖」の状態にならないように意識しつつ、「いま分かっていること」と「現時点では分からないこと」を患者さんに分けて伝え、次に受診すべきタイミングを具体的に示しておくのが良いですね。そうしておけば、その患者さんがセカンドオピニオンを求めて後医を受診した際に、後医の先生の正確な診断の一助になるかと思います。
「後医は名医」は、後医が優れているという字句通りの意味ではなく、診断とは時間をかけて情報を積み上げていく過程だという意味に読み替えるのが、いちばん実態に近いのだろうと思います。
■ 了
参考文献
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