COVID-19ワクチン接種後の心筋炎関連事象について

はじめに

今年の7月に当該ブログで、「COVID-19ワクチン接種後の心筋炎および心膜炎について」という記事を書きました。若年男性で心筋炎や心膜炎などの心筋炎関連事象がコロナワクチン接種後4日以内にみられる傾向があるので、接種後の胸部症状(胸痛、動悸、息切れ、むくみなど)には留意するとともに今後のデータ集積も踏まえ引き続き注視していくとしました。

当院でも精力的に実施してきた新型コロナのワクチン接種ですが、幸いにも今のところアナフィラキシーなどの重篤な副反応は経験していません。ここ、ふじみ野市の接種状況をみると、1回目を接種し終えた方々は約71%、2回目を終えた方は約56%となっており(10月15日現在)、悪くないペースかと思います。

医療従事者~高齢者から始まったワクチン接種ですが、最近は10代の方々のご来院も目立つようになってきましたし、10月15日に開催された「第70回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、令和3年度第19回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催) 」(長い!)を受けて、当該ワクチンの添付文書も改訂されましたので、このタイミングで現時点での状況をまとめたいと思います。

mRNAワクチン接種後の心筋炎関連事象の発現状況

100万回あたりの報告頻度ですが、これは7月時点よりも増えています。前回7月の検討時点では、ファイザーのmRNAワクチン接種後の心筋炎関連事象は、全年齢だと日本では100万人接種あたり0.8件でしたが、今回は100万人接種あたり2.1件で倍以上になっています(発現割合が増えてきた理由のひとつとして、若年者でのワクチン接種がじわじわと進んできていることが挙げられるでしょう)。

また、下図のように、明らかに10~20代の若年男性に多くみられ、かつファイザー/ビオンテック社よりも武田/モデルナ社の方が報告頻度が高くなっています。12~29歳における武田/モデルナ社の報告件数は突出しており、スウェーデン当局が予防的措置として30歳以下への接種を中断するというニュースが先日ありましたが(12)、同様の傾向を示すデータが得られたということなのでしょう。

「新型コロナワクチンQ&A」の表より

若年者へのワクチン接種は控えたほうが良いのか?

この手の数字やニュースが出てくると当然ながら様々な意見が飛び交いますが、押さえておくべきは、やはりワクチン接種によるリスクとベネフィットを天秤にかけることです(リスク/ベネフィット分析)。リスク/ベネフィット分析の切り口は一つではなく、個人レベルでどうなのか、集団レベルでどうなのかなどあります。ここでは、データを揃えやすい後者、つまり集団レベルでどうなのかを得られたデータから見ていきましょう。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴う心筋炎等の発生頻度と比べてどうなのか?

ワクチン接種後の心筋炎等の発症リスクに目が行きがちですが、そもそも心筋炎自体の発症原因のひとつにウイルス感染があり、COVID-19に伴う心筋炎も数多く報告されています。下図のように、COVID-19に伴う心筋炎等の発現割合と比べると、その頻度はかなり低いということが分かります。

厚労省の令和3年10月15日(金)開催の会議資料 p11より

注釈にあるように、COVID-19に伴う心筋炎等のデータは、10代または20代に限定したデータではないことに留意する必要がありますが、それを考慮してもずっと少ない発現割合といえるでしょう。なお、心筋炎・心膜炎の専門家によれば、同じ心筋炎といっても、実際にCOVID-19に伴う心筋炎よりも、ワクチン接種後の心筋炎の方が軽症で済む傾向のようです。

一般集団での心筋炎等の発生頻度と比べてどうなのか?

しかしながら、ここで「いやいや、上の比較はコロナを発症した人との比較でしょ。ワクチンを打つ人は、コロナを発症していないんだから、発症していない人(一般集団)と比較しないとダメでしょ?」という突っ込みは、至極真っ当なものです。上の比較は、まぁこれはこれでありですが。で、ちゃんとその検討もなされていました。下図がそのひとつですが、ファイザー/ビオンテック社(コミナティ筋注)と武田/モデルナ社(モデルナ筋注)で違う結果が出ています。

厚労省の令和3年10月15日(金)開催の会議資料 p12より

ちょっと分かりづらいかもしれませんが、要は、ファイザー/ビオンテック社のワクチンでは、一般集団での心筋炎等の発現割合と比較して、男女ともに明らかな発現割合の上昇は認められませんでしたが、武田/モデルナ社のワクチンでは、10~20代の若年男性においては、心筋炎等の発現割合は一般集団でのそれよりも高いことが示されました。これはなかなかインパクトのある解析結果です。きっとスウェーデンやデンマークの当局は、似たような解析結果を得て、モデルナ製の新型コロナワクチン接種の(一時)停止という措置に出たのでしょう。

武田/モデルナ社のワクチンを打つと、10~20代の男性では、ざっくりと0.003%の発現割合で心筋炎を発症するかもしれなくて、それは同じ10~20代の男性での心筋炎等の発現割合よりも高いということです。この数字を高いとみるか低いと見るかは、個々人でのリスク/ベネフィットの天秤にかけての判断になります。その際には、心臓の持病があるとか、肥満や糖尿病など、COVID-19の重症化リスクの有無も加味することになるでしょう。

私個人の見解でいえば、これまでのデータを踏まえ、10~20代の若年男性には、武田/モデルナ社のではなくて、ファイザーのコロナワクチンをオススメしますし、そもそも当院ではファイザー社のコロナワクチンしか取り扱っていません(診療所レベルでは、ファイザー社のコミナティ筋注の方が、使い勝手が良いというのが主な理由ですが)。

当該添付文書の改訂ポイント(令和3年10月)

10月15日の厚労省の会議を受けて、添付文書の「15. その他の注意」の「臨床使用に基づく情報」に以下の内容が追記されました(波線は著者)。

ファイザー/ビオンテック社のワクチンの当該添付文書(コミナティ筋注:2021年10月改訂 第8版)

接種開始後の国内副反応疑い報告における心筋炎、心膜炎の報告率と、国内の医療情報データベースを用いて算出した一般集団から推測される心筋炎、心膜炎の発現率とを比較したところ、他のコロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2)接種後の若年男性で頻度が高いことが示唆された。

武田/モデルナ社のワクチンの当該添付文書(COVID-19ワクチンモデルナ筋注:2021年10月改訂 第6版)

接種開始後の国内副反応疑い報告における心筋炎、心膜炎の報告率と、国内の医療情報データベースを用いて算出した一般集団から推測される心筋炎、心膜炎の発現率とを比較したところ、本剤接種後の若年男性で頻度が高いことが示唆された。

集積データの解析結果に基づいて、きちんと2つのmRNAワクチンの記載を分けたのは良いと思いますね。

注意喚起のための資材等

10~20代の若年男性が接種に来院されたら、以下のような資材を国が用意してくれているので、それらを活用するのもありですね。特に、武田/モデルナ社のワクチンを打つのであれば(くどいようですが、当院で扱っているのはファイザー社のワクチンです)。

10代・20代の男性と保護者へのお知らせ~新型コロナワクチン接種後の心筋炎・心膜炎について~

まとめ

  • mRNAワクチン接種後の心筋炎関連事象について、データが集積してきて、新たな知見が得られた。
  • 心筋炎関連事象自体の発症頻度は稀であるが、1回目よりも2回目のmRNAワクチン接種後に、高齢者よりも思春期や若年成人に、また女性よりも男性に発現する傾向である、というのは従来と同じである。
  • 新たな知見として、ファイザー社のワクチンでは20代男性の報告頻度が他の年代に比べて高く、また、武田/モデルナ社のワクチンでは10~20代男性の報告頻度が高いという傾向が確認された。
  • 特に、10~20代の若年男性では、ファイザー社よりも武田/モデルナ社のワクチンにおける報告頻度の方が高いことも確認された。
  • 更には、武田/モデルナ社のワクチンに関して、10~20代の若年男性では、ワクチン接種後の心筋炎や心膜炎の発現割合は、一般集団から推測されるそれらの発現割合よりも高いことが示唆された。
  • 心筋炎や心膜炎の典型的な症状として、ワクチン接種後4日程度の間に、胸の痛みや息切れが出ることが想定される。特に10~20代の若年男性で、このような症状が現れた場合には速やかに医療機関を受診するという注意喚起が必要であろう。

引き続きCOVID-19ワクチン接種後の心筋炎関連事象については、フォローしていきます。

■ 了

|

『COVID-19ワクチン接種後の心筋炎関連事象について』へのコメント

  1. Takahashi : 投稿日:2021/11/20 16:58

    いつも有益な情報の掲載感謝致します。貴医院の近所に在住の者です。
    先日、COVID-19ワクチンを貴医院にて接種しました。その節は大変お世話になり有り難うございます。
    【5〜11歳の年齢層に対するワクチン接種について】
    現在6歳の子供がおります。特に持病はなく、毎日元気です。私個人的には、この年齢層が感染した場合に重症化することは稀ですし、本記事にあるような心筋炎や、中長期的にADEなどの心配点も多く、現時点で積極的に、子供に摂取させることは気が進まないのですが、青木先生としてはこの年齢層に対するCOVID-19ワクチン接種について、どのようなご見解をお持ちでしょうか。差し支えなければ教えていただきたく存じます。

    • Dr. Martin : 投稿日:2021/11/20 22:05

       こんばんは。日本では、新型コロナのワクチンはまだ12歳以上が対象ですが、米国では5~11歳の小児にもファイザーのワクチンは承認されていますね(ただし3分の1の投与量です)。日本の感染状況等を踏まえると、国が5~11歳への適応拡大を積極的に進めていくとは思いませんし、仮に5~11歳でも投与OKとなったとしても、私は接種協力医療機関として手あげはしないと思います(12歳以上には接種していますが)。短期的には、安全性プロファイルは既知のものと大差なく有効性も同等という論文が出ていますが、何せ圧倒的にサンプルサイズが小さいですし、追跡期間も短く限定的な結果です。Takahashiさんご指摘のように、中長期的な安全性プロファイルが得られていない現状では、当該年齢の小児がCOVID-19にかかるリスクおよびその後の重症化リスクと天秤にかけて、積極的に接種させるとはなりませんね。私にも8歳と10歳の子供がいますが打とうとは思いません(12歳以上になったら接種も検討しますが、感染状況によりけりですね)。
       

  2. Takahashi : 投稿日:2021/11/21 06:00

    お忙しい中、夜分遅くにも関わらずご回答いただきまして有難うございました。先生のご意見を参考に検討したいと存じます。最近早ければ来年2月にも接種開始とのニュース報道もあり、気になっておりました。

  3. Takahashi : 投稿日:2022/02/25 07:02

    いつも大変お世話になっております。11月にコメントを投稿した者です。5〜11歳の年齢層に対するワクチン接種について、ふじみ野市では3月より、対象者に随時接種券を送付するとホームページに記載がありました。https://www.city.fujimino.saitama.jp/kurashinojoho/kosodate/kenshin_yobosesshu/yobosessyu/9705.html
    私は今回、努力義務適用外となったにも拘らず、一律に接種券を送付するという市の方針には疑問を感じております。愛知県の大府市など、希望者による申請制としている自治体もあります。厚労省のパンフレットにある有効性90.7%という数字は、オミクロン株出現以前のデータであり、青木先生が「圧倒的にサンプルサイズが小さく、追跡期間も短く限定的な結果」とコメントされている論文のデータがソースだと思います。オミクロン株が席巻している現状にあってほぼ無意味とも考えられる数字が一人歩きしてしまうのではないかと懸念しております。ふじみ野市の保健センター 新型コロナウイルスワクチン接種推進チームには、問い合わせフォームより以下の文章でコメントしました。もし内容に賛同できましたら、是非医師のお立場としても、ふじみ野市の方針に対して意見していただければ幸いです。何卒宜しくお願い致します。

    「ホームページに記載の内容によると、3月上旬より、対象の年齢の小児に対して一律に接種券を送付する予定とのことですが、今回、小児へのワクチン接種の努力義務は適用外になっているにもかかわらず、対象者に一律に接種券を送付するのは何故でしょうか。接種券が送付されてきますと、接種を受けなくてはならないと心理的圧迫を受けることになります。ふじみ野市7000人余りの、対象の子供の健康とワクチン接種による副反応リスクをどのように考えていらっしゃいますか?米国の事例では、接種した小児の1%に治療が必要な副反応が発生したとあり、これは重大なエビデンスです。我が国では埼玉県の人口に匹敵する750万人の対象年齢の小児は、この2年間コロナで一人の死者も出ていません。12歳~19歳と同様に9割近くが接種すれば、5万人以上の子供に有害な副反応事例が新たに追加されてしまいます。接種するワクチンは初代株対応の設計から変更されていません。オミクロン株に対する有効性のデータは得られていません。発症予防効果90%はオミクロン株出現以前のデータであると厚労省パンフレットにも記載されています。何卒接種券の一律送付ではなく、是非とも希望者による申請制としていただきますよう再考のほどよろしくお願いいたします。」